
『安売りはつらいよ!』 |
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ソースの値段は、昔から殆ど変わっていません。 まだ若い時、父のソース屋を手伝い始めた頃から、業務用製品主体の営業でしたから、大手メーカー・他社との価格競争の中での商売で、常に安さを求められる状況で、赤字で売ることもしばしば。 又、狭山市の学校給食センターさんでも、センターが始まってから、平成17年度までずっと、厳しい審査を通り、味と品質を認めて頂き、お使い頂いてきましたが、入札なのでやはり安くなければダメでした。 ただ忙しく働くばかり、でも利益が少なすぎて、経費を引くと赤字で給料が取れないことも。 資金繰りが大変で、自分のお金から支払いをして、突発的に様々な経費がかかるので、更に借金をして、返済しながらやっている、 俗にいう自転車操業という感じでした。 真面目にやっていれば、いつか報われると、そう信じてやってきました。 しかしよく考えてみれば、大量生産で全国に出荷して、薄利多売で利益を取れる大手に対抗して、うちのような、手造りで手間ひまかけて少量を製造している個人商店が、大手メーカーの格安な価格に対抗して、それより更に安い価格で売っていては、いつまで経っても余裕が出るわけがないのです。 自分が一生懸命手間ひまかけて造った製品を、値切られて、何故相手に価格を決められなければならないのか、納得のいかない想いでした。 価格を値切られる事業者を相手にする商売から、なんとか抜け出したいと想っていました。 楽しいこともやりがいもない、先行き不安で、何も希望のない、いくら売っても忙しくなるだけで儲からない、行き詰った状況で、もうそのままの価格ではやっていけなくなってきていました。 いつもお金の苦労をしている母を、いつかお金の苦労から解放してあげたいと、常に想っていました。 何か手を打たなければ・・・と焦るばかりで、予算もなく何も出来ずに、月日が流れていきました 。 ☆ それはある日突然やってきた・・・・ 平成18年7月の終わりのある日、朝仕事に行くと、父の言動がおかしいのに気づきました。 認知症という診断でした。 悪いことが続き、耐えてがんばってくれている母が、今度は心労で倒れてしまわないか心配で、神様やご先祖様に手を合わせてお祈りする毎日でした。 仕事の方では、その後兄が辞め、私一人で工場内業務をやるようになりました。 ☆ 一人で出来るかたちに・・・ もうソース屋家業は辞めて、勤め先を探そうか。 でも、自分の造ったソースを「おいしい。」、「ここのじゃなきゃ、食べない。」と言って、喜んでくれるお客様がいて下さる。 そんなソース屋を潰したくない、終わらせたくない、心の底から今更ながらに、そう想っていました。 安いものは大手メーカーさんやスーパーさんにお任せして、自分はカテゴリーをちょっと分けて、自分の生まれ育った大好きな狭山市のお土産や、ちょっとしたお使い物に使ってもらえる商品にしようと想い、地元の銘産品であるお茶を取り入れた地域色のある商品名にして、それを表現した楽しいパッケージにしようと決めました。 スーパーに売っているソースのラベルは、みんなありきたりで、つまらないと思ったからです。 自分が考えたコンセプトの通りに、 ☆ 一石二鳥のギフト!? お中元や、お歳暮、お年賀なんかの時に差し上げるのが、僕は和菓子や洋菓子が多く、先方様でもダブって食べきれず、賞味期限切れになり困っているのを見て、想いました。 瓶入りソースならば、賞味期限が3年と長く、すぐに食べなくても良いし、冷暗所に保存しておけば、一本一本の瓶の中で、更にゆっくり熟成が進み、よりまろやかでおいしくなるので、一石二鳥で向いていると思いました。 地元の皆様が、他県にお出かけするとき、故郷に帰るときにも、前もって買って準備しておけるので ☆ 「ちゃざとー」は安い!? 色々なお店に足を運び、様々な商品を見てきました。 これらに共通するのは 一回で食べ切ってしまい終わり というものでした。 100mlでテストしましたが、3人家族でたまに揚げ物にかけるなら、充分1ヶ月は持ってしまうのです。 ☆ 「ちゃざとー」は、身体によくてヘルシー! 更に、ケーキやラーメン、アイスは、身体にいいとは言い難いですが、「ちゃざとー」はビタミンやミネラルたっぷりの野菜や果実、薬効効果があり、漢方にも使われる香辛料もたくさん入っており、お酢も入り、黒糖蜜も入り、ノンオイルで低カロリー(マヨネーズ・ドレッシングと比較)、天然塩使用で、塩分も控えめ(しょうゆと比較)、と、とってもヘルシーで身体によく、毎日かけて食べられるんです。 こういった面から見ても、自分が一本仕上げるのにかけている時間と手間を考えても、「ちゃざとー」はとても安い買い物であると、考えております。 ☆ お客様を信じる! しかし、長年に渡り格安販売をしてきた故に、新価格には、周囲からは猛反発・大批判を受けました。 しかし僕は、お客様を信じていました。 それまで工場へ買いに来てくれたお客様たちは、 ☆ なけなしのお金をはたいて・・・ 平成19年4月半ば、 工場の一角で直売処をスタートする。 でも商品をつくるまでが精一杯で、資金は底をつき、看板も、洒落たパンフレットも、リーフレットも、チラシも、何も無く、当然宣伝も出来ず、ひっそりとオープンしました。 それでも、前からのお客様や、通る方が少しずつ来て下さり、「もらって食べたら、おいしかったから。」と言って、来てくれる方などが増えてきて、リピーターのお客様もだんだん多くなってきました。 「おいしい」 等々、お客様からお褒めの言葉を、直接お伺いできるようになり、お客様に感謝をし、やりがいを感じながら、商売が出来るようになりました。 お客様に支えていただいて、応援していただけることが、何よりも幸せで、嬉しいです。 ☆ 僕の宝物! 僕がファイルに入れて、大切にしているものがあります。 その僕の決断に、理解を示してくださり、応援して下さっているという、激励のお手紙を、お客様からいただきました。 Mさん、Kさん本当にありがとうございます。
お客様からの「ソース美味しかったよ。」というお褒めのお言葉や、「頑張って続けてね。」という激励のお言葉が、一番の支えとなりました。 これからも真面目に、家族みんなで、ソース造りを頑張っていきますので、今後とも、サヤマソースをどうぞよろしくお願いいたします。 皆さんのご家庭が、ちゃざとーで、笑顔の食卓になることをお祈りし、そんなことを想像しながら、一本一本仕上げております。 ご使用になったご感想や、自分はこんなふうに使っているといったご使用の用途等、お聞かせくださると、とても嬉しいです。 直売処で、あなた様にお会いできるのを楽しみにお待ちしておりますので、お気軽にお立寄りくださいませ。 ※ 追伸 ☆ 絶望のふちから、カムバック! 19年1月の初めの頃、入院費の負担が重いのと、父を家に居させてあげたいという家族の希望で、 最初はとても良かったのに、日が経つに連れ、だんだん言動がおかしくなってきました。 この上、母も倒れてしまったら・・・と想うと、心配でどうしようもない、恐怖と不安の日々でした。 当然、昼の仕事にも差し支えてくので、納期がすぐのソース屋を続けるのは無理かなと考えていました。 感情的になってしまい、父親に対してひどい言葉を吐いてしまうこともありました。 世間ではよく、介護疲れで自分の親に手をかけて・・・ 父が元気だったときは、そんなニュースを聞いても、ひどいことをする、なんて親不孝の子供なんだと思い、批判の気持ちしかありませんでした。 しかし、いざ自分がその立場になると、その人達の気持ちが少し理解できました。 「もうだめだ。」 しかし、そういう極限の時を乗り越えたら、徐々に父は回復し、なんと今ではもう殆ど前の父に戻りました。 担当の先生も、 ☆ 今、ご家族様が認知症で、頑張っている皆様へ ですので、今ご家族様が認知症で、毎日大変な生活を送られている皆さんに「どうかあきらめないで下さい。」と申し上げたいです。 僕たちも、もうだめか!と思ったときを乗り越えたら、その後、徐々に回復に向かいました。 ☆ 病気のおかげ 父の笑顔を見てください。トップページに載っている笑顔の父は、6月に撮ったものです。 残念ながら、僕は皆さんのお力になることは、何もできません。 そうする事が、治していただいたお礼となり、お役目なのではないか! そう考えている次第です。 そして今日も元気でいてくれて ありがとう と感謝の気持ちで、毎日生活しています。 また、こうなって考えてみると、父の病気の おかげで、自分のやりたかった商売のかたちに路線変更できたんだと、気がつきました!! 本当にすべてが、おかげ様です。あなた様の貴重なお時間を割いて、僕の話しに最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
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