ソースのナポレオン

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ソースを使ったお手軽レシピ

サヤマソース宮岡商店

サヤマソース物語−二代目ソース職人 みっちゃんの告白− 


『安売りはつらいよ!』

宮岡光男☆ 真面目にやっていればいつか報われる?

ソースの値段は、昔から殆ど変わっていません。
その反面、原材料や包装資材、燃料費は年々上がり、コストは上がっていて益々厳しくなるばかりでした。

まだ若い時、父のソース屋を手伝い始めた頃から、業務用製品主体の営業でしたから、大手メーカー・他社との価格競争の中での商売で、常に安さを求められる状況で、赤字で売ることもしばしば。

又、狭山市の学校給食センターさんでも、センターが始まってから、平成17年度までずっと、厳しい審査を通り、味と品質を認めて頂き、お使い頂いてきましたが、入札なのでやはり安くなければダメでした。

ただ忙しく働くばかり、でも利益が少なすぎて、経費を引くと赤字で給料が取れないことも。

資金繰りが大変で、自分のお金から支払いをして、突発的に様々な経費がかかるので、更に借金をして、返済しながらやっている、 俗にいう自転車操業という感じでした。

真面目にやっていれば、いつか報われると、そう信じてやってきました。

しかしよく考えてみれば、大量生産で全国に出荷して、薄利多売で利益を取れる大手に対抗して、うちのような、手造りで手間ひまかけて少量を製造している個人商店が、大手メーカーの格安な価格に対抗して、それより更に安い価格で売っていては、いつまで経っても余裕が出るわけがないのです。

自分が一生懸命手間ひまかけて造った製品を、値切られて、何故相手に価格を決められなければならないのか、納得のいかない想いでした。

価格を値切られる事業者を相手にする商売から、なんとか抜け出したいと想っていました。

楽しいこともやりがいもない、先行き不安で、何も希望のない、いくら売っても忙しくなるだけで儲からない、行き詰った状況で、もうそのままの価格ではやっていけなくなってきていました。

いつもお金の苦労をしている母を、いつかお金の苦労から解放してあげたいと、常に想っていました。
高齢になるまで、若い時から家族のために、必至で頑張ってきてくれている母に対して、申し訳なくて、何の親孝行も出来ない自分が、情けなくて仕方がありませんでした。

何か手を打たなければ・・・と焦るばかりで、予算もなく何も出来ずに、月日が流れていきました 。

☆ それはある日突然やってきた・・・・

平成18年7月の終わりのある日、朝仕事に行くと、父の言動がおかしいのに気づきました。
その状態で翌朝早く車で出かけ、事故を起こし、営業車のバンも廃車となり、無くなってしまいました。
そして、家に居られる状態ではなくなり、入院。 

認知症という診断でした。
その後、脳梗塞も患い、手術を行いました。

悪いことが続き、耐えてがんばってくれている母が、今度は心労で倒れてしまわないか心配で、神様やご先祖様に手を合わせてお祈りする毎日でした。

仕事の方では、その後兄が辞め、私一人で工場内業務をやるようになりました。

☆ 一人で出来るかたちに・・・

もうソース屋家業は辞めて、勤め先を探そうか。
そう考えていました。

でも、自分の造ったソースを「おいしい。」、「ここのじゃなきゃ、食べない。」と言って、喜んでくれるお客様がいて下さる。

それに、父と母が若い時から苦労をして、このソース屋を、またこれだけの工場を造ってくれた。
特に母は、何の趣味もせず自分のことにはお金も使わず、家族のために、この商売のために、自分の人生を犠牲にして、頑張って来てくれた。

そんなソース屋を潰したくない、終わらせたくない、心の底から今更ながらに、そう想っていました。
一人となっては、少ししか造れませんので、卸していたお得意先様の殆どを止む無くお断りしました。そして、家庭用製品を造り、工場直売で販売しようと考えました。

安いものは大手メーカーさんやスーパーさんにお任せして、自分はカテゴリーをちょっと分けて、自分の生まれ育った大好きな狭山市のお土産や、ちょっとしたお使い物に使ってもらえる商品にしようと想い、地元の銘産品であるお茶を取り入れた地域色のある商品名にして、それを表現した楽しいパッケージにしようと決めました。

スーパーに売っているソースのラベルは、みんなありきたりで、つまらないと思ったからです。
そして誕生したのが、「茶里王」と書いて、「ちゃざとー」と読む商品名と、茶畑をバックに元気な男の子のキャラクターが、ソースの原料の野菜や果実を持って笑っているラベルでした。

自分が考えたコンセプトの通りに、
「食べておいしくヘルシーに、見て楽しいパッケージデザインのソース」に仕上がりました。

☆ 一石二鳥のギフト!?

お中元や、お歳暮、お年賀なんかの時に差し上げるのが、僕は和菓子や洋菓子が多く、先方様でもダブって食べきれず、賞味期限切れになり困っているのを見て、想いました。

瓶入りソースならば、賞味期限が3年と長く、すぐに食べなくても良いし、冷暗所に保存しておけば、一本一本の瓶の中で、更にゆっくり熟成が進み、よりまろやかでおいしくなるので、一石二鳥で向いていると思いました。

地元の皆様が、他県にお出かけするとき、故郷に帰るときにも、前もって買って準備しておけるので
便利であると思い、是非ご使用いただきたいなーと考えて造りました。

☆ 「ちゃざとー」は安い!?

色々なお店に足を運び、様々な商品を見てきました。
◇ 近くの大型スーパーのテナントで
● アイスのお店   ¥600するアイス、
● たこ焼きのお店  ¥600するたこ焼き、
● セルフカフェのお店 ¥577する苺のショートケーキ
◇ 近くのラーメン屋さんの味噌ラーメン 一杯¥840 ・・・等々。

これらに共通するのは 一回で食べ切ってしまい終わり というものでした。
でも「ちゃざとー」は違います。

100mlでテストしましたが、3人家族でたまに揚げ物にかけるなら、充分1ヶ月は持ってしまうのです。

☆ 「ちゃざとー」は、身体によくてヘルシー!

更に、ケーキやラーメン、アイスは、身体にいいとは言い難いですが、「ちゃざとー」はビタミンやミネラルたっぷりの野菜や果実、薬効効果があり、漢方にも使われる香辛料もたくさん入っており、お酢も入り、黒糖蜜も入り、ノンオイルで低カロリー(マヨネーズ・ドレッシングと比較)、天然塩使用で、塩分も控えめ(しょうゆと比較)、と、とってもヘルシーで身体によく、毎日かけて食べられるんです。

こういった面から見ても、自分が一本仕上げるのにかけている時間と手間を考えても、「ちゃざとー」はとても安い買い物であると、考えております。

☆  お客様を信じる!

しかし、長年に渡り格安販売をしてきた故に、新価格には、周囲からは猛反発・大批判を受けました。
「スーパーで安く売ってるのに、そんな高いの誰も買わない。」
「工場直売は安いから買いに来るんだから、そんな値段じゃ売れない。」等々。
そんな時でも、妻と娘だけは、いつも賛同してくれて、僕を励まし、応援してくれました。
それが唯一の救いでした。

しかし僕は、お客様を信じていました。
事情を説明すれば、きっと分かって下さると。

それまで工場へ買いに来てくれたお客様たちは、
「美味しい!」 
「おたくのじゃないと、スーパーのを買って来ても、子供が食べないのよ!」
「スーパーに売ってるのは、どれもクスリ臭いにおいがするけど、ここのは香りもよくて美味しい。」等と、うちの味を評価して下さっていたので、少しくらい値が上がっても、絶対に買って下さると信じていました。 

☆ なけなしのお金をはたいて・・・

平成19年4月半ば、 工場の一角で直売処をスタートする。
「ちゃざとー」をつくるのに、プロのデザイナーさんに頼むデザイン代、瓶を仕入れるお金、キャップを仕入れるお金、9種類のラベルをつくるお金等々、いろいろとかかりましたが、予算もなかったので、自分のなけなしの貯金をはたいて、つくりました。

でも商品をつくるまでが精一杯で、資金は底をつき、看板も、洒落たパンフレットも、リーフレットも、チラシも、何も無く、当然宣伝も出来ず、ひっそりとオープンしました。

それでも、前からのお客様や、通る方が少しずつ来て下さり、「もらって食べたら、おいしかったから。」と言って、来てくれる方などが増えてきて、リピーターのお客様もだんだん多くなってきました。

「おいしい」
「可愛いパッケージで、よくなったね。」
「〇タフクソースよりも、おたくのほうが旨いね。」
「焼肉には、鳥でも豚でも牛でも、どれにかけてもみんな合うね。」

等々、お客様からお褒めの言葉を、直接お伺いできるようになり、お客様に感謝をし、やりがいを感じながら、商売が出来るようになりました。
皆さん、本当にありがとうございます。

お客様に支えていただいて、応援していただけることが、何よりも幸せで、嬉しいです。
これが、僕が昔からやりたかった商売のかたちでした。

☆  僕の宝物!

僕がファイルに入れて、大切にしているものがあります。
無理な安売りをやめて、価格を大きく改定しスタートした、不安だらけの直売処での販売。
「大丈夫だよ!」といって励ましてくれた、妻の言葉だけが支えでした。

その僕の決断に、理解を示してくださり、応援して下さっているという、激励のお手紙を、お客様からいただきました。
落ち込んだ時に、このお手紙を読み返し、今でも勇気と元気をもらっています。
僕にとっては宝物です。

Mさん、Kさん本当にありがとうございます。
下記に、ご紹介させていただきます。

お客様からの「ソース美味しかったよ。」というお褒めのお言葉や、「頑張って続けてね。」という激励のお言葉が、一番の支えとなりました。
直売処に来てくださった皆さん、本当にありがとうございました。

これからも真面目に、家族みんなで、ソース造りを頑張っていきますので、今後とも、サヤマソースをどうぞよろしくお願いいたします。

皆さんのご家庭が、ちゃざとーで、笑顔の食卓になることをお祈りし、そんなことを想像しながら、一本一本仕上げております。

ご使用になったご感想や、自分はこんなふうに使っているといったご使用の用途等、お聞かせくださると、とても嬉しいです。
是非よろしくお願いいたします。

直売処で、あなた様にお会いできるのを楽しみにお待ちしておりますので、お気軽にお立寄りくださいませ。

※ 追伸

☆ 絶望のふちから、カムバック!

19年1月の初めの頃、入院費の負担が重いのと、父を家に居させてあげたいという家族の希望で、
自宅療養に切替えて欲しいと、担当の先生にお願いし、退院。

最初はとても良かったのに、日が経つに連れ、だんだん言動がおかしくなってきました。
1月の寒い夜、手足の先が痛くなるくらい冷えている時、深夜でも父が起きて行動していると、母は何も着ずに飛び起きて、対応していました。

この上、母も倒れてしまったら・・・と想うと、心配でどうしようもない、恐怖と不安の日々でした。
昼も夜も、つきっきりで見ていなければならず、夜も寝られない状態が続いていました。

当然、昼の仕事にも差し支えてくので、納期がすぐのソース屋を続けるのは無理かなと考えていました。
家族はみんな限界に来ていました。

もうダメかも知れない。
これでは家族もみんなダメになってしまう。
この先、仕事も出来なくなったら、どうすればいいのか?

感情的になってしまい、父親に対してひどい言葉を吐いてしまうこともありました。
自己嫌悪です。本当は優しくしてあげたいのに。

世間ではよく、介護疲れで自分の親に手をかけて・・・
というニュースをよく耳にします。

父が元気だったときは、そんなニュースを聞いても、ひどいことをする、なんて親不孝の子供なんだと思い、批判の気持ちしかありませんでした。

しかし、いざ自分がその立場になると、その人達の気持ちが少し理解できました。
わらにもすがる気持ちで、皆で神社に行って神様にお祈りしたり、妻と娘の3人で、コンビニで般若心経をコピーして、ご先祖様のお墓に行って、コピーを見ながら皆でお経を上げて、お願いしたりもしました。

「もうだめだ。」
「これまでだ。」
精神的に余裕がなく、そう追い込まれていく日々でした。

しかし、そういう極限の時を乗り越えたら、徐々に父は回復し、なんと今ではもう殆ど前の父に戻りました。

担当の先生も、
「奇跡的な回復ですね。あの暴れて入院してきた時が、嘘みたいですね。
 こういうケースもあると、学会で発表ものですね。」と言って、喜んで下さっています。

☆ 今、ご家族様が認知症で、頑張っている皆様へ

ですので、今ご家族様が認知症で、毎日大変な生活を送られている皆さんに「どうかあきらめないで下さい。」と申し上げたいです。

僕たちも、もうだめか!と思ったときを乗り越えたら、その後、徐々に回復に向かいました。
希望を捨てずに、奇跡を期待して、今日一日を乗り越えてください。
うちの父のように良くなるケースもありますので。 

☆ 病気のおかげ

父の笑顔を見てください。トップページに載っている笑顔の父は、6月に撮ったものです。
また二つの病気のおかげで、一番好きだった趣味も止め(健康上身体のことを考えて)、たばこも酒もピタッと止められました。
今は毎日、笑って生活しています。

残念ながら、僕は皆さんのお力になることは、何もできません。
でもうちの父のように、治る現実があるということを、皆さんに知ってもらうことで、今、暗闇で苦しんでおられるご家族様に、何かわずかでも、希望を与えられたら・・と想い、周囲の批判を覚悟の上で、あえてこういったプライベートな事情を公開させていただきました。

そうする事が、治していただいたお礼となり、お役目なのではないか! そう考えている次第です。
僕は、この2つの病気を乗り越えた父と、それを見事に支え続けている母を、心の底から尊敬しています。

そして今日も元気でいてくれて ありがとう と感謝の気持ちで、毎日生活しています。
そして、妻と小学生の娘も、一生懸命協力してくれて、常に僕を支え、助けてくれました。

また、こうなって考えてみると、父の病気の おかげで、自分のやりたかった商売のかたちに路線変更できたんだと、気がつきました!!

本当にすべてが、おかげ様です。あなた様の貴重なお時間を割いて、僕の話しに最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました。